Interview01

第44回リトルシニア日本選手権大会で、
初優勝を果たした栃木下野リトルシニア。
子どもたちの夢をサポートしている阿久津監督に
インタビューを実施!

栃木県の“日本一”

栃木県の“日本一”をご存じだろうか?

2016年夏、第44回リトルシニア日本選手権大会で、初優勝を果たした栃木下野リトルシニア。彼らが今、栃木県の“最新の日本一”だ。そんな栃木下野リトルシニアのメンバーが、「リポビタンD」の新CMで大谷翔平選手と共演し、話題を呼んでいる。

チームの設立は2005年11月。ホームグラウンドの砂ヶ原球場を、保護者が中心となって文字どおり手づくりで開拓し、整備したのはほんの10年ちょっと前のことだ。それから、わずか11年で日本一という大きな夢にたどり着いた栃木下野リトルシニアの、夢に向かう日々の姿を知るために、彼らの練習グラウンドを訪ねてみた。

出迎えてくれたのは、大学4年生の阿久津悠監督。彼自身も三期生として栃木下野リトルシニアの出身で、この春、大学を卒業し、就職した後も、指導者として子どもたちの夢をサポートしていくことを決めている。阿久津監督に話を聞いた。

大谷翔平選手の印象

––– 栃木下野リトルシニアは「リポビタンD」の新CMで大谷翔平選手と共演しましたが、大谷選手の印象はいかがでしたか?
「とにかく、すごいな、と(笑)。自分は年齢も一緒ですし、昔、大阪の選抜大会で、僕のチームも大谷選手のチームも負けたことがあって、その後、合同試合というか交流戦で一回対戦したことがあったんです。一人、でかくて、やたらと球が速いやつがいるなっていう印象でした(笑)。向こうは覚えていなかったみたいです。敗者同士の戦いでしたしね(苦笑)」

––– 子どもたちの反応はどうでしたか?
「『すごい』、『でけぇ!』って騒いでいました(笑)。緊張は伝わってきましたが、とにかくうれしそうでした。憧れの選手に会うという、一生に一度、あるかないかの経験になったと思うので、子どもたちにとって本当に良かったと思います。この先、絶対にこんなことないでしょうからね(笑)。いい刺激になったと思います」

監督になった経緯・チームの目標

––– 栃木下野リトルシニアの監督になった経緯について、もともと指導者・監督というのに興味はあったんですか?
「自分自身がずっと野球をやってきたので、指導者という存在への憧れはありました。ただ、まさか自分がこういう立場になっているとは想像していなかったですね(笑)」

––– 阿久津さんご自身の野球のキャリアは?
「小学1年生から6年間、軟式をやって、中学1年のとき、最初は中学の部活で軟式をして、1年生の冬になるころにこのリトルシニアの3期生として入りました。硬式はそこからです」

––– 軟式の部活から硬式のシニアに来た理由は?
「硬式のリトルシニアを選んだ理由は、より上のレベルを目指したくなったからです。はじめのうちは軟式と硬式の違いに慣れるのが少し大変でしたけど、年代的に慣れるのも早かったかもしれないです」

––– このチームの歴史について教えてください。
「栃木下野リトルシニアは、今年で創部11年目になります。今のこの子たちが11期生で、まだ若いチームです。チームができたばかりのころは、このグラウンドも竹林状態で(笑)、それを文字どおり全部開拓して、ここまで使えるようになったというのが最初のころですね」

––– 昨年、創立以来初の日本一に輝いて、周りの反響はいかがでしたか?
「『すごいね』、『さすがだね』と、いろんな方から声をかけていただきました。子どもたちと日本一を目指してやっていたので、本当にうれしかったです」

––– 日本一という大きな夢を達成して、これからのチームとしての夢や目標というのはいかがですか?
「やっぱり、一番近い夢、目標としては、連覇。夏・春の連覇です。春に大阪の選抜全国大会があるので、そこで優勝して、夏、春と連覇を果たしたいです」

––– 連覇に向けての手応えは?
「3年生が抜けた分、去年のチームと比べると、今はまだまだです。ここから頑張って力をつけていかないと厳しいと思いますが、そこは自分も子どもたちも、“夢に向けてのがんばりどき”だと考えています」

写真=藤巻祐介
デザイン=川下城誉/鶴田春樹(creamu Inc.)